昭和52年2月7日 朝の御理解
                                中村良一
御理解 第29節
「桜の花の信心より、梅の花の信心をせよ。桜の花は早う散る。梅の花は苦労しておるから長う散らぬ。」



世の中には、ただ、ご利益を受けるという事、いわゆる、おかげを受けるという事だけが、看板の信心がある。かと言うて、おかげを受けるという事は、ね。それは、程度の低い信心で、ね。教えを分かり、そして、その教えが生活、言うなら、信心生活ともなって、と、膨大なな教典を売り物にしておる、ほんなら、偉大な宗教がある。ね。だから、そういう信心を、私は、まぁ、桜の花の信心。教祖様は、他の宗教の事やらを、くさすという事を、決してなさらなかった。けれども、金光教の信心が、こんなにも、絶対な物で、間違いのないものだという事だけは、もう、確信に満ちておられた。仏教を止めろとか、キリスト教を止めろとか、おかげ信心を止めよとかというふうには仰らずに、私は、このような表現で仰っておられるのじゃなかろうかというふうに思うですね。桜の花の信心より、梅の花の信心をせよと。だから、梅の花の信心は、即、そのまま、金光教の信心だと。どういう訳で、ほんなら、梅の花の信心かと。勿論、教えも素晴らしい。そしてまた、新たかなおかげも頂けると言う宗教です。ね。
昨日、一昨日から、青年会の方達が、一泊信心実習、ここで、まぁ、入殿の形式をとって、四十五名だったそうです、の青年部の方達が、まぁ、言うなら、泊り込みで信心の研修を致しました。昨日、お届けになりましてから、しばらく、信心の話を頂きたい。時間が四十五分間ある。何を話すかと言うたら、合楽理念についてという事であった。それからまぁ、きっちり四十五分間、まぁ、若い者向きの合楽理念を聞いてもらった。途中で、分からんところがあるなら、質問の時間も、十分ぐらい作って、質問は、お話を頂きながら、分からんところが出てくる訳ですね。で、そこんところの質問がある。それからまた、ちょうど、時間ぎりぎりで終わらせて頂きましたが。中で、私が、お話しながら、ははぁ、これもまぁ、金光教の特別に優れているというところは、沢山あります。ね。第一、普遍性に富んでおるという事などは、もう他の、もう真似の出来ないほどの宗教です。ね。同時に、例えば、教祖様が、人間的な事やら、または、あの、罪の意識といったようなものを教えておられないこと、いや、教えておられないて、そういうものは、金光教ではないんだと、もう、喝破しておられるという事ですよ。
私は、昨日、そこんところを、御理解三節を引用しながら、あの、聞いてもらったんですけれどもね。ははぁ、私共は、この、めぐりという事は、御理解三節に、ほんの一ところ出ておるだけですね。皆さんご承知の通り。前々の巡りで難を受けおりという。その巡りというのが、どういう事かというと、ね。悪い事をしたから、悪い報いがあるといった様な、その輪廻的な説き方を、説き方て言うが、そんな風には、全然説いておられないです。だから、その巡りと言うのは、どういうようなその時に出来ておるかというと、天地金乃神と申すことは、天地の間に氏子おっておかげを知らず、神仏の宮寺、氏子の家屋敷、みな神の地所、そのわけ知らず、日柄方位ばかり見て無礼いたし、ね。前々の巡り合わせで難を受けおると言うておる。ね。お前の先祖が、悪いことをしとるから、お前が、今、難儀をしなければならんのだという風に説いておられない。いわゆる、天地に対するところのご無礼、ね。天地金乃神と申すことは、天地の間に氏子おっておかげ、天地の中にある、遍満しておる神様の思いというか、神愛をです。神愛とも悟らず、ね。しかも、自分のものでもないものを、自分のものの様に思うたり、この神愛の満ちた天地を、ね。日柄がいいの、方角が良いの悪いのと、天地に対して無礼しておる。ね。けちを付けておる。ね。氏子、私共の家屋敷であろうが、ね。宮寺の例えば、境内なら境内であっても、みんな、神の地所だと仰る。それを、ここは天神様の境内であるとか。ここは、八幡様の境内であるとか。ここは久富政昭の宅地である。ここは高芝さん方の家であると。そういう、私の家という、その観念が、もう、観念を、金光教では捨て切らせる事を説いてあるです。私の地だ。そういう事が、前々の、いうなら、先祖代々から、天地に対して、天候に対して、いうなら、日柄方位の様な事に至るまでに、もう、天地に対する、いうならば、悪口雑言をした様な事がご無礼になってるんだと。だから、その前々の巡りで、そういう事が巡ってきて、現在の難儀にあるのだと。だから、ここの所が分かって、お詫びをして、ここんところから、おかげを頂いて行くと、もう、人間とか、罪とかというものじゃなく、勿論、ほんなら、巡り合わせというものも、良くなってくるわけなんです。ね。そして、そういう、ほんなら、起きてきたその、難儀と見ておる、その難儀も、教祖は、それは、ね。神愛だと説いておられる訳です。ね。
もう、ここんところに、その卓越した上にも卓越しておる、他の宗教に比較してですよ。ね。だから、ほんなら、罪でその、罪を犯して苦しんでおるとか、因縁を、因縁の為に、とにかく、助かりようがないから、この世では仕方がない、あの世でと言った様な、例えば、その説き方をしてある宗教から見ると、もう本当に、まぁ奇想天外だろうと思うですね。他の宗教はもう、びっくりする事なんです。けれども、事実、そこの所を悟らせていただいて、私共が、おかげは和賀心にありと仰せられるのであるから、その和賀心を目指させて頂くところに、和賀心の前には、ほんなら、因縁と思うとった因縁も消え。罪と穢れと思うておったようなものも、穢れもはらわれ、罪も許されるという、そのおかげの世界。ね。一切を、神愛と悟らせて貰えれる、分からせて貰う信心。そういう信心を、私は、梅の花の信心だと仰っておられる。ね。苦しみから逃れよう、助かろうとして、助かることの出来ない罪の意識にさいなまれる。もう私の家は、因縁が深いから仕方がないと、諦めるより他に仕方がない。そういう、ほんなら、難儀な氏子を、取次ぎ助けて下さろうとすることの為に、天地乃親神様は、ね。いわゆる、教祖金光大神を発見され、その発見された金光大神に、神依頼をなさった訳であります。だから、ね。仏教より、キリスト教より、金光教をせよという事になるわけなんです。桜の花の信心より、梅の花の信心をせよという事になるのです。私は、このところを、金光教の信者は、もっと、徹底して分からなきゃ行けないと思うですね。
だから、あの、巡りという事は、まぁ、仏教で言うなら、因縁のことですたいというような説き方をする人ばっかりですよ。だから、因縁と巡りと言うのは違うです。ね。そういう因縁を作っておるから、罰かぶっとるという様な事じゃないです。ね。そればってんから、やっぱ、親が、味が悪けりゃ、やっぱ、子供も悪か。子供が悪けりゃ、また、孫も悪か。私の所なんかがそうですわね。私の叔父叔母は、みんなその、チンバにならなきゃならない様な、その、言うならば、巡りであった。私が、足が立たん様になったり、勝彦が、足が悪くて、大変痛んだり。今のあの、恵城がですね、もう時々、足が痛いち言うて、もう泣くです。だから、まぁだ、いうなら、巡りのお取り祓いを、本当にいただけとらんのだなぁと言うて話すことですけれどもね。それはどうですか、前々のね、巡り合わせ、前々の、ほんなら、その巡りが、まだすっかり祓われて無いという事になりますよ。因縁じゃないです、ね。天地に対するところのご無礼です。だから、天地に対するところのご無礼どころか、天地に対するところの神恩報謝の心、もう全てが、おかげとしていただく心。そこには、ほんなら、家を建てるのに、方角も見る必要どころがある段じゃない。御礼を申し上げて建てれば、使い勝手が良いのであり、日柄方位などは、なおさらなし。今まで、自分のものと思うておったのは、一切、神様の御ものであったというところが、私は、すっきり分からせていただくところから、お詫びが出来、御礼を申し上げる生活に入る時に、その難儀というものは消えるのだと。
もう、十何年も前でしたが、基山ですかね、あちらに、大変大きな、全山を、こう宗教の道場のようにした、何様でしょうか、あそこは。何とか寺と言ったですね高橋さん。ゆうこうとぎりか。そこの、いわば、開山と言うのが、まだ、百年にならないくらいでしょう。あそこへその、建築の時の、あの見学に行ったんです。それはもう大変な構えです。今でも、やっぱり、沢山、やっぱ、信者が、全国に居るそうですが、こういう信心を桜の花の信心だと、あそこで頂いた事があります。もう非常に霊徳が優れておる。もうだから、そこの先生とか、坊さんと言う人達は、みんなその、そこで滝にかかって修行して、霊徳を受けると、そのいわば、私物とか、布教所に出られるわけです。私共一行が、こう行きよったら、向こうから、女子の坊さんが、剃髪のですはね、坊さんに、高橋さん達が会ってるんです。そしてから、その、ちょいとあんた、この写真機を、ちょいと見てください、直してくださいち言うちから、高橋さんにでしたか、言いなさった訳です。そして、今、仏様から、あの男が、写真機を分かるから、頼めち仰った。それと、ほんあこっじゃありますたい、やっぱ、高橋さんが、詳しゅう、それから見てやりよりましたよ。そういうような信心なんです。ね。ですからその、霊徳者が亡くなると、後は、それこそ桜の花のように、ぱぁーっと、人が集まるかと思うと、また、ぱぁーっと散ってしまうという宗教ですね。ほんなら、金光教の中でも、霊徳の優れただけの先生の所では、みんなそうです。ね。まぁ霊徳も、神徳の手掛かりとならんこともないのですけれども、ほんなら、それに神徳が伴わなければ、言うならば、本当の梅の花の信心という事にはならないのです。ね。
昨日は、福岡の、川上さんの所のお父さんの一年の式年祭が、もう本当に、ま、合楽の方たちは、真心一杯で仕えられますねぇ。本当に、お祭りは、仕え良い。もう、種子島からも兄妹が二人で、その、昨日のお祭りのときに見えておられました。また、神戸のご親戚の、どこどこかの病院の先生でしたが、夫妻で見えておられます。十何人見えとって、まぁ本当に、真心のこもった盛大な霊祭でした。神様に、そのことの御礼お届けを、先ずさせていただきましたら、頂きますことがね。「親に光を、子に喜びを」という事を頂きました。親に光を、子に喜びを。これが反対なら、ちょっと意味がわかるですよね。御霊様に喜んでもらうという事ですから。ところが、親に光です。如何に、言うならば、川上さんたち一家の、いわば、優れた信心が、それが光ともなって、しかも、ほんなら、お父さんの、御霊の世界にまで送ってあげられるかという事が分かりますね。そして、ほんなら、親のそうしたお祭りをさせていただいたという事の喜びが、一家を挙げて、親戚の方達までも、その、いわゆる、子に喜びを。けれどもその、その喜びでもです。こちらにその喜びをキャッチ出来れるものが無からなければ、その喜びになってこないんですね。ね。おかげの泉を読んで、ね。合楽の信心は、親孝行が根本だと、繰り返し書いてあるのを見せていただいて、自分が、その御姑親に、ね。本当に親孝行らしい孝行もしてなかった。お母さんが、病院に入院された。それでも、若いとき、こなされとるけんで、もう敵討ちのごたる気持で居った。ところが、たまたま、ある難儀な問題で、熊谷さんから、そのおかげの泉を五六冊借られて、読まれたところが、どのおかげの泉でも、親孝行の大事な事が書いてあった。始めてその、お母さんのために牡丹餅を作って、病院に行った。お母さんが、涙を流して喜んだ。そしたら、こちらも、涙が流れるほどに有難かった。あの御理解を説いたその日に、その本人が、御礼に出て見えたんです。そして、その御理解を頂いてから、また余計有難うなっとりなさいますたいね、自分の話を。ね。そしてから、直ぐ、その日にまた、あの、熊谷さん所に行かれてから、今日は、御礼参拝させて頂いたら、その、私の事が出とったち話に。それを頂いてから、また有難うなった。もうこれは熊谷さん、本当に有難い道と言う道だけは、教えてもらわなきゃ、分かるこつじゃなかですよと言うてその、まぁ御礼にこられたという事です。ね。
私は、昨日、その話を例話に取ったんですけれどもね。そういう、やはり、そのお父さんと言うのが、あのまぁ、川上さんのご主人というのは、種子島に生まれて、種子島じゃ育っておられない訳です。だから、親といいながら、言うならば、もう長く、まぁ本当の親子らしい生活は、全然出来てなかった訳です。そして、信心を、それこそ、させて頂かれる様になって、もう改めて、そのお父さんが、それから、現のお母さんを迎えられて生活をしておられる種子島のほうに、まぁ月に一遍づつぐらい行かれる様になってね。それこそ、そこから孫達が一緒に自動車で、月に一遍づつぐらい行かれる様になったんです。そこで始めて、親子の喜びが出来るようになって、亡くなられたんですから、お父さんも喜びがあったし、こっちも、亡くなられる前に、それだけの事を、言うならばね、尽くしておった事が有難かったんでしょうが。まぁ良く、それに似たような事なんです。それが、どうかと言うと、喜びを与えるだけじゃなくて、喜びを受けられる受け物が、もう川上さん一家に出来ておったという事ですよね。おかげの泉を、繰り返し繰り返し読んでいるうちに、喜びを受け止めれる、いうならば、心の状態が、かすかにでも出来ておったから、相手が涙流して喜んだ、こっちも涙が出るごと有難かったという事になる。そこに、有難くならせていただく道というものが、やっぱり、あるという事が分かるわけです、ね。ほんなら、その川上さんの信心が、どういう所から、そういう、ほんならばその、お父さんが、生前のうちに、そうした、まぁ、お互いが、親も本心に、子も本心に立ち返られたかと言うと、結局、信心辛抱のおかげだと思うです。ね。
一年間と思うたら二年間、二年間と思うたら三年間、もう、だから、三年間は、どうでも、お日参りを続けようとする。福岡からですからね、しかもほんなら、電車、バスを利用してからですから。そして、日曜たんべんには、ご主人を初め、二人の子供達も一緒にお参りをするというような信心が出来てきたという事は、これが本当の、私は、梅の花の信心だと思うのですね。
十年前に、いうならば、佐田さんが、寒修行にお参りされて、この寒修行だけは一家中で、どうでんこうでんやりぬくぞと言う信心が、ほんなら、その後十年間続いておるという事。これが、信心辛抱梅の花です。ね。正義先生が、ね。去年の寒修行から始めて、そして、おかげで一年間続いた。昨日、自分が発表しておられたように、もう、一年間で辞めようという事は、止められなくなってきた。言うならば、桜の花の信心を振り捨てて、梅の花の信心が、そこに出来てきたという事になるのです。ね。そういう、ほんなら、梅の花の信心からでなからなければです、ね。いわゆる、翻然とした金光教というものを分かる、体得することは出来ない。桜の花の信心を捨てて、梅の花の信心になれよという事は、ね。言うならば、ね。一つの巡り感といったようなものを、ね。親が悪いことをしておるから、子供に巡ってきたと言ったような事ではなくて、因縁とか、それが罪になったのではなくて、ただ、どこまでも、天地に対するところのお粗末ご無礼、同時に、または、思い違い、考え違い、知らぬこととは言いながら、自分の物でもない物を、自分のものと思うておったというような事がです。前々の巡り合わせで難を受けおる事になる。ね。そこが、本当に、翻然として分かって、翻然としたお詫びが出来て、そこから、翻然とした御礼の生活を、私は、御道の信心の信心生活だと思います。ね。とても、そういう信心はです。梅の花の信心に、いわゆる、金光教の信心によらなければ分からない。お互い、やはり、桜の花の信心を繰り返し繰り返しさせて頂きながら、ね。段々、何かの機会に、それこそ、翻然として、金光教の信心の有難いものが分かってきて、初めの間は、苦しいからお参りしよった。ね。それが段々、有難うなってお参りするようになった。もう、そういう信心ならばです、狂いがないのです。ね。
昨日、綾部さんが発表しておられた。一ヶ月の、言うならば、寒修行が、な。あぁいう、もうそれこそ大事故になるところを、あんな、大難は小難でおかげを頂いた。そこを通るたんべんに、目が、ぞっとするようなおかげを頂いたが、もう、次男の九一郎さんが、もう、僕は、自動車の運転するのがえすかち。それから、長男の和夫さんが、そんならば、僕が行こうち言うて、兄弟二人でお参りされるようになった。おかげで、長男が、それから後ですかね、十五日か二十日間、やっぱり、兄弟、親子三人でお参りが出来るようになったのも、やはり、その日の朝頂いておった御理解が、一切神愛という事を、その、事故のあった瞬間に、一切が神愛とこう、直感、頭に閃いたとこう言っておられますがね。これは、断片的な、言うなら、一切神愛、御理解を頂いておったから、そういう一切神愛と受け止められたんですから、これが、ほんなら、いつでも、どのような場合であっても、一切神愛として受けれるというような、私は、信心を、本当に分からせていただくために、ね。梅の花の信心を、いよいよ、有難い、尊いものにしていかなければいけない。
私は、今日は、金光教以外の宗教を、まぁ桜の花の信心だという風に、今日は聞いて頂いた。ね。金光教の信心は、だから、ね。教えも素晴らしいだけではなくて、おかげも頂けれる。ね。ただ、ご利益だけにと言うのは、それこそ、何々寺じゃないけれども、まさしく、それが桜の信心。いや、大変な信者を擁しておる、沢山な教典があり、そのバイブルによる教えというものがあるけれども、ね。例えば、おかげなどという事は可笑しい。あれは、低級な信心だという風に決め付ける様な事を言うわけですけれども、ね。そういうのは、もう、いよいよもって、世の中の役に立つといった様な事にはならない。ね。銘々が、いわば、助かるという事に繋がって、しかもその教えが素晴らしくて、しかもそれが、簡単明瞭で、ね。誰でも、その気になれば分からせて貰えれる、ね。例えば、金光教には、罪、穢れがないと説かない。因縁類のものを説かない。ね。ただ、お互いの難儀の元と言うのは、先祖代々から、また、自分達においてもです。いうなら、天地に対するところの、お粗末ご無礼こそが、難儀の元になってるんだと。そこで分からせて頂いて、一切が、神様の御物だというような、本当に、翻然として、そこに分かったところからです。一切神愛という事も分かってくる。そこに、人間の、本当の幸せがあるんだと。限りないお恵みに触れることが、頂けることが出来るのだと。それには、先ず、根本的に、天地に対するところの神恩報謝の心がです、徹底した神恩報謝の心が生まれてくる。その神恩報謝の心に、おかげが伴うて来る。その神恩報謝の心こそ、和賀心に通ずるのであるという事です。どうぞ。